高橋ひなこについて

Profileプロフィール

氏名
高橋ひなこ
(タカハシヒナコ)
生年月日
1958年1月19日
出身
岩手県盛岡市
血液型
A型

[自己紹介]
趣味・特技:整理整頓
尊敬する人物:東城百合子先生
座右の銘:無信不立

[経歴]
善友保育園
盛岡市立仁王小学校
盛岡市立下小路中学校
盛岡白百合学園高等学校
日本大学芸術学部放送学科
[職歴]
テレビ岩手アナウンサー
盛岡市議会議員
岩手県議会議員
衆議院議員2期(比例東北ブロック)


国会経歴ならびに所属議員連盟はこちら
Childhood
幼少期
幼少期
1958
産声は九戸村で。
九戸村に父が勤めていたので、九戸村の伊保内病院で生まれました。退院後は父の実家がある盛岡で育ちましたので盛岡市出身で問題ないとは思いますが、盛岡市生まれではありません。
2歳まで城内(現:盛岡市玉山区)の方々に可愛がっていただき、感謝しております。名前の由来はひなのように可愛らしくすくすくと、奈良のように雅やかに奥ゆかしく…と、祖母の横田チエが命名したようです。
1963
善友保育園卒園
盛岡市立仁王小学校入学
1971
盛岡市立仁王小学校卒業
 
習い事が好き!
黒沢バレエスタジオさんに8年間通いました。ピアノは小学校で一年間、高校時代からお琴、唄はヘタですが音楽は好きです。
Schooldays
高校時代~浪人時代
学生時代
1974
盛岡百合学園高等学校入学
1976
盛岡百合学園高等学校卒業
あと、3日休むと留年。修学旅行に行かず。当時、体が弱かったのであまり優等生ではなかったといえます。3年間で卒業しましたが受験勉強不足で浪人。半年間は盛岡の龍澤予備校に通いながら喫茶店でアルバイト(喫茶ママ・今もお世話になっています)あとの半年は代々木ゼミナールへ通い、なんとか一浪で目標校へ合格!
1976
日本大学芸術学部放送学科入学
 
日大芸術学部の放送学科を選んだ理由(両親の反対)
父の影響なのか、野球が好きだった私はプロ野球の実況中継がしたいと思い日芸放送学科を受験しました。合格できたのですが両親は東京への進学に反対。東京に就職をして盛岡に帰って来なくなることを心配しているようなので、卒業後はどんなことがあっても盛岡に帰ることを約束して、日大への入学を認めてもらいました。
1993
日本大学芸術学部放送学科卒業
 
人生の転機
母がガンを宣告されました。その治療のために兄が見つけた東城百合子先生の著書に出会い、健康とは?それを支える食事、農業、環境、 医療、家族、人生・・・、多くのことを考え、学ぶ機会を得ました。
この出来事は、私を大きく成長させてくれた、今の自分の基礎を形造った人生における一大転機だと思っています。
Announcer
アナウンサー時代
アナウンサー時代
 
約束にしたがい、盛岡へ
盛岡に帰るという両親との約束を守り、テレビ岩手に就職活動を行い、見事、採用して頂きアナウンサーになりました。約束がなければどこに就職していたのやら。その後の私の人生を考えると今では両親に感謝しています。
1981
テレビ岩手入社
アナウンス部に配属
1986
テレビ岩手退社
 
結婚
父同志が親友というご縁で交際が始まり、結婚することになりました。交際を始めて4か月のスピード結婚となったのは、父同志が盛り上がったからと言うわけではなく、もちろんお互いが魅かれあったからですが、もう一つの大きな理由としては母のガンが再発し、余命数か月の宣告を受けていたことがありました。披露宴には間に合いませんでしたが、結婚式を母の病室で挙げることができ最後の親孝行ができました。
Councilor
議員時代
議員時代
 
そして議員に
平成7年、市議1期、県議6期を務めた父が引退を決意しました。
祖父母の代からお世話になっている父の後援会の方々から、次は私に、という声が出てきました。しかし、石材店の長男の嫁であり二児の母という立場で出馬はとても無理だと思っていました。ところが父の親友である義父(主人の父)は当然のことながら父の後援会の幹部であり、私が跡を継ぐことを望んでいた一人でした。
義父は「嫁に来た時から次はおめはんだと思ってた、孫の面倒見てやるから、やるんしぇ(やりなさい)!」といわれ背中をおされました。 高橋家に嫁がなければ私が議員になることはなかったでしょう。
1995
盛岡市議会議員 初当選
盛岡市議会議員 2期目当選
盛岡市議会議員 3期目当選
2005
岩手県議会議員 初当選
2007
岩手県議会議員 2期目当選 (2009年8月まで)
2012
衆議院議会議員 初当選
2013
環境大臣政務官(第2次安倍内閣)
2014
衆議院議会議員 2期目当選
環境大臣政務官 再任(第3次安倍内閣)
2015
党厚生労働部会 副部会長 就任
2016
党環境部会 会長代理 就任
Future
これから


今後も子どもたちの未来のために邁進してまいります。

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